* * *

 


 ある日のことだった。
 森がいつもより騒がしかったので見に行けば、そこには仲間である盗賊たちが集まっていた。

「どうした? 何かあるのか?」
「お、お嬢……っ」

 仲間はあたしの顔を見るとぎょっとし、何も言わずとも道を開けた。
 何があるのかと覗けば、中心には人間の娘がいた。
 この森を通ったせいで運悪くコイツらに捕らえられたのは一目瞭然だった。
 見たこともない綺麗な服を着ている。
 あたしはすぐにこの娘が気に入った。

「新しい獲物なんだ、ふぅん……。この娘はあたしがもらうよ! あたしのもんだ!」

 全員に言い聞かせるよう大声で言う。
 いつものように。
 この娘も、あの洞窟の仲間にしようとした。

 
「お願い! はなして! こんなこと止めて!」

 捕らえられていた娘が喚きだした。
 屈強な肉体の男に捕まっている、それも山賊だというのに、その恐怖も知らないのか抵抗してくる。
 その様子にあたしは訊いた。

「何でそんなに嫌がる? お前はあたしのものになるんだぞ?」
「私は早く行かなきゃいけないの。大切な人が雪の女王と一緒にいなくなったの。だから――カイを探しに行かなきゃいけないの! だからあなたのものなんてならない、早くはなして!」

 あたしの言うことをまるで聞かない娘に、あたしはラマーンを思い出して苛々としていた。 

「いなくなったのはお前のせいじゃないのか? 探すくらいなら、縄で縛ってなかったのか? 自分の側を離れないようにしつけなかったのか? そうじゃないなら自分のせいじゃないか」
「カ、カイは大切な友達よ!? そんな酷いことしないわ!」
「ひどい……?」
「カイがいなくなったのは、きっと別の理由があったからよ。それまでずっと一緒にいてくれたわ、ずっとよ。縄なんかで縛らなくてもカイは私の大切な友達でいてくれた」

 訴えるように言った言葉が、あたしには上手く理解出来なかった。
 娘があたしに言った。

「あなたはいままでそんなことをしてたの? だったらその縄に繋がれているのは、あなたの友達なんかじゃないわ。縄なんかで縛りつけても、ほどけた瞬間あなたは全てを失うもの!」

 娘の姿が完全にラマーンと重なった。
 
「そう、私と勝負しましょう? 私だって銃を持ってるわ」

 あたしの手に重厚な細工の銃が握ってあるのを見て、娘が唐突に言ってきた。

「私が勝ったらカイのもとへ行かせて。いいでしょう? だから、私と――!」

 娘の言葉を遮ろうと、躊躇いもなく銃を撃った。
 弾は娘の足元を撃ち抜いた。
 突然の事に娘は息を詰まらせて動かなくなる。
 足がすくんだのだろう。
 勝負なんてしなくても、どちらが優位であるかなんて最初からわかってる。

「これでお前はあたしのものだよ」
「……どうやっても、あなたのものなんてならないわ」

 あたしはまた生意気な所有物を手にいれた。
 いつものように。
 自分の気のすむようにしてるはずなのに、あたしは満たされない気持ちになった。



 あの娘に対する苛立ちは、洞窟に戻ってから全部ラマーンにぶつけてやった。
 あの娘に言われたことをそっくりラマーンにも言ってやれば、ラマーンはいつもの済ました表情で、

「その娘の言ってることは正しいよ。俺が言ってることと同じじゃないか、アレーシャ」
「お前まで私を馬鹿にするんだ!」

 

 首輪の鎖を掴んでやって引きずり回す。
 ラマーンはそれでも、私を責めるように見つめるのを止めない。

「縛りつけて何が悪い! それでみんなあたしのものになるんだ! あたしはそうやって全てを手にいれてきたんだ!」

 あたしは踵を返し、冷たい空気に晒した背中の傷をラマーンに見せつけて言った。

「これは私が親につけられた傷だ。逆らえないように、群れから逃げ出さないように刻まれたあたしの痛みだ!」

 
 背中に回した手に傷の凹凸を感じる。
 寒くもないのに身震いがした。

「あたしだけじゃない……仲間もそうだ。あたしらは、そうやって痛みを覚えて、命だけを縛られて群れから離れられなくなるんだ!」
「アレーシャ……」
「それがあたしらなんだ。スノー・ファングだ! なのにお前の言うことが正しいって言うなら、あたしらは一体何なんだ!! あたしのこの傷は! なんのためにあるんだぁ!!」

 あたしの声が洞窟を抜けて、少しずつ消えていく。
 ……カシャン。
 背後で鉄の鎖が擦れる音がした。
 ラマーンが動こうとしていた。
 けれど、首輪の鎖は岩壁に埋め込まれ、簡単にあたしに近寄れる訳がない。

「アレーシャ」
「うるさい」
「アレーシャ」
「うるさい! うるさい! ……黙れ!」

 拒絶するあたしに、ラマーンは何度も言い聞かせた。

「アレーシャ、俺は信じている。あの娘がきっと、君を救ってくれることを」

 

 

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